カテゴリー「よっこら介護どっこしょ」の4件の記事

背伸び

2018年7月24日作成
      朝四時半  窓のすぐ外で ジ~~~~~~
       ミーーーン ミーーーン ミン (セミが啼き出す)
        ミーーーン ミーーーン ミン (他のセミも一斉に啼き出す)
                             

        早朝から二階の部屋のすぐ外で大合唱でございます 

A0mukuge2
                庭の草々は スクスク と育ち・・・・
A1tefu
                 虫たちも飛び回っております。
    蛇(たぶんヤマカガシ)もだいぶ大きく育ち、私の足音に驚き
             ずるずると物置の床下へ入ってゆきました。
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【ウォシュレット交換】
   最近、ウオシュレットを使用したあと少し水漏れするのに気付きました。
   パッキンの交換くらいで済むと思ったら、指定業者の方によれば
  「バルブの交換に3万円くらいかかる。直しても他のところも劣化してるから、
   またすぐに不具合が発生する。もうしばらくで保守部品の供給が無くなる。
   一式新しいのに交換すると15万円くらいかかる。」とのこと。
   とりあえずウオシュレットの配管だけ外してお引き取りいただく。
 
どうも、自分でホームセンターから買ってきて交換したほうが安く済むらしい。
〇〇電気で3万円程度のウオシュレットを購入。
 7月21日 トイレのウォシュレット交換、作業に1時間ほどかかる。
   
A2wash
  なんとか交換終了。 動作確認。 水漏れなし!!!  good job

着ていたTシャツは搾れるほどの汗でビッショリでございました。
    この日やったことといえばそれくらい、
                              後はグッタリ・・・・お休みでございました。
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 居間のテーブルの真ん中には このボトルを常備!!
A3pocari
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       毎度のご来訪ありがとうございます。
A4dragon
         なぜかミョウガの葉の成長がすごくなってます。
A5myouga
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【7月22日(日)】
      この日のザブンはこちらでございました。
         

   1、目   的  温泉に入って、ビールを飲んでカツ丼をを食べ、昼寝をして、また温泉に入る
   2、目的の場所 近くの温泉施設
   3、形   態  一人のんびり
   4、予   算  十日町市のエコポイントカード6枚と食事代 
A6mion

   ひと風呂浴びたあと、食堂で注文したカツ丼がなかなか配膳されない。
   メニューを見ると 「グラスビール 380円」というのがあったので追加注文。
   程なくお姉さんがやってきて 「中ジョッキ420円のほうがお得ですよ!
   にっこり微笑んで言われると逆らえない。 「それでお願いします」
   3時に帰る予定を5時に変更する。)    
A7beer
   昼前から飲むビールは、一際おいしゅうございます 

     その後、昼寝して・・・また温泉に入って・・・・・・
             猛暑日にふさわしい(?)休日でございました。

     5、結果  目的達成!
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A8yuri
・・
A9yago
・・
A10fuyou
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【母の背伸び】
 母(92歳 視覚障害3級 要介護度3級)の日課(役割分担)
 毎朝晩、自分の部屋と仏間の雨戸を引くこと。
   朝、雨戸を開けては、外に向かって拝み
      夕方、外に向かって拝んでから雨戸を引く
A11mother
     だんだん身長が縮まっているのに頑張ってます。

      はい、背伸びの運動・・・・・・・・・・・・・・

  背伸びができなくて弱音を吐くときは、よほど体調の悪い時でございます。

    頑張れ母上!!
               ・・・・・・・・・・・・・・おしまい・・・・・・・・・・・・・・

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よっこら介護どっこいしょ

2014年4月11日作成     積雪 26cm(津南町役場前)

 我家の庭に蕗に続いてなにやら芽が出てまいりました。
A1suzurann  
         この辺は、   たぶん、鈴蘭だと思います。
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(以下、私の介護メモの一部に手を加えたもので、一度同級生宛の新聞に投稿したものです。今回、当該カテゴリーにUPしておきます。
表現がまちまちですが、ご容赦願います。)                   

『  平成20年の11月に父(当時87歳)が脳梗塞にかかり,杖や手すりなくしての歩行が困難となりました。右半身の動きが思うようにいかないため,着替えや入浴/就寝時に介助が必要となりました,
 母も、疲れやすく,炊事の時以外は横になっていることが多かったのですが、(平成21年)2月に転倒し一時寝たきり状態になりました。  3月に入り,ようやく自力でトイレにいけるようになった母でしたが,(平成21年)3月22日の夜,トイレの帰りに再び転倒。骨折はしなかったが、左体側を強打。しばらく寝たきりの状態になる.
 我が家は現在(平成21年3月)、老父母と私の3人住まい.私が二人のお世話をすることになる.食事、身の回り・・・・・(母の食事の支度も以前から大分危なくなってきていて、しょっちゅう鍋を焦がす。台所脇の納戸を開けたら、真っ黒焦げの鍋が5~6個も出てきた。さっそくガスを止めIHヒーターにしました。そして今度は食事の支度も私が・・。)
 父は,日に何度か着替えを必要とし、2日に一度入浴介助が必要であるが、何とか自力でトイレに行ってくれる.
母は自力でトイレに行くことも起き上がることもできない.私に用がある時は,両親の部屋にあるチャイムのスイッチを押すと,私の部屋のチャイムがなるようにしてある.
その日にもよるが,昼夜を問わずほぼ2時間おきに「トイレタイム」である。 「ピンポーン」チャイムがなる度に飛び起きて駆けつける.一応オムツはしているが,やはりオムツの中に用を足すのは嫌なものです.私が仕事で出かけている時はオムツで我慢してもらうしかありませんが,それ以外は2時間おきに「トイレタイム」です。
 しばらくすれば自力でトイレにいけるようになると思って様子をみるのですが,なにしろ8X歳の老人です.簡単には回復しません.
 私の方も2時間おきに睡眠が中断されのでは「寝たような…寝てないような・・・」眠らせないという拷問があるそうですが,ほんとに「変に」なりそうです.
いつでも目を閉じれば体の芯から一瞬にして力と意識が抜けて、まるで貧血を起こしたときのようにストンと眠りに入っていけます.毎日自動車を運転するのが怖いし,仕事ははかどらないし・・・。

○「切れる」
台所で忙しく夕ご飯の片付けをしていると、「おい、おい」母が大きな声で呼ぶ.
あわてて寝室に行ってみると,『新聞をとって ,のど飴を持ってきて』それにかぶせて父が『(ベッドに)寝かせてくれ』・・。(ンガァーーーーーーッ!!!!)鮭が産卵するときのように口を縦いっぱいに開いて声を出さずに心の中で,叫ぶ!!  切れた!
「俺の体は1つしかない.一度にいくつも言われてもできない.二人一緒に喋られても一つづつしかできない!!」
思わず声を荒げる.(アーア言っちゃった。)
いつもそうである.忙しく家事をやっているときに呼びつけられ,行ってみると『ペットボトルの蓋が落ちたから拾ってくれ』『テッシュペーパーをとってくれ』とか
ほとんどは別段急を要することではないのである.一瞬の沈黙の後、負けず嫌いの母が小さな声で言った『新聞とってくれ』・・・・と 。

○「反省」
台所仕事を終え、ようやく自分の部屋に帰る.少し凹む。(少しい言い過ぎたかな・・・・・)
そしてすぐに回復する.(お互いあまり貯めずに適当なとこで言いたいこと言っておいたほうが良いんだ。)自分を慰める.でも、ほんとはとっても哀しい!
 その日は、その後呼び出しがかからなかった。辛いのを我慢していたのであろう、申し訳ない。
精神的にも肉体的にも…苦しかったと思う。ごめん!

○「いっぱい、いっぱい」
 3月29日(日) 助けにきてくれた姉に両親をまかせ、溜まった仕事を片付けに仕事場に行く。一人になって、ふと(どうしよう)と考えたら、突然涙がポロポロ溢れてきた.
 自分ではまだまだ大丈夫だと思っていたが,自分が自覚している以上に「きてる」ようだ。たった一週間で情けない.嗚咽するわけでも、慟哭するわけでもないが、小さい子供のように、涙が次から次へとポロポロ・ポロポロと、とめどなく溢れてくる.(どうしたら良いのか?)頭の中は比較的冷静(のつもり)。涙だけが溢れ出る。
 とりあえず流れが止むのを待って善後策を考えることにする.このままではとても続かない.次の手を用意しなければならない.とりあえず介護保険の利用について相談してみることにした.(よし、明日役場に行ってみよう!)

○「ヘルプミー」
3月30日(月) 母を病院に連れて行く日であるが,朝一番に役場に行き、福祉担当のTさんに相談する.状況を聞いてもらうだけなのに涙ぐみそうになる.さすがに必死にこらえる.聞いてもらっただけでも少しは希望が出てきたというか、『絶望的な感覚』から少しは開放された気持ちになる.翌日には調査員の方が来てくれることになった.素早い対応に頼もしさを感じる.役場から帰って,母を病院に連れて行き、担当の医師に「意見書」をお願いする.色々状況を説明し,質問に答えた。帰り際に医師が「出来るだけの協力はいたします。困ったことがあったら遠慮なく相談してください.頑張ってください.」何と心強いお言葉!!またもや涙ぐみそうになる(歳をとるとそういうものらしい)が、グッとこらえる。ぼんやりとはではあるが「可能性が見えてきた(光が見えてきた)」そんな感じである。
 一人で抱え込まないで専門家に相談してみるものである

○泣き言を聞いてもらう
 山仲間に同じように介護生活をしている人がいて、時々話をしに立ち寄りました。同じような体験をしているので、話を聞いてもらうだけでも、(分かってもらえる)ので、大分ストレス解消になりました。

○「がんばれ」と言わないで。
 中越地震の時だったろうか、阪神淡路の時だったろうか、『頑張っている被災者に『頑張ってください』と言ってはいけない』という話を何度か耳にしました.何となく分かるので、中越水害や中越地震のお手伝いに出かけたときもその言葉は使わないようにしていました。そしてこの度、自分が励まされる立場になったのですが,・・・・。
 正直申し上げるなら,自分がいっぱいいっぱいのときに『頑張ってください』と言われて(これ以上どうすりゃいいんだ!!)叫びたい気持ちになったことがあります.少し気持ちに余裕のあるときなら,心配してくれる人がいること,励ましてくれる人がいることで心強い気持ちにもなりました。ほんとにありがたいと思いました.でも『いっぱいいっぱい』の時に言われると、もちろん悪気はないのは分かるし、気持ちはありがたいのだけれども,その瞬間(これ以上どうすりゃ良いんだ!) 叫びたくなります. これは私の感想ですが,ある程度相手の心に余裕がある時でないと『頑張ってください』という言葉は使わない方が無難だと思いました.

◯4月20日 タレントの清水由貴子さん亡くなる。
 自分なんぞとは比べ物にならないくらい頑張ったのでしょう。でも、少しは分かる気がします。
 (まだ頑張れる、まだ大丈夫、もう少し頑張ろう・・・)と思っているうちに、どんどん出口の見えない暗闇に迷い込んでゆく様が、良く分かる気がして、とて悲しかったです。 

◯継続可能な体制 一時的には頑張れても、介護の場合は回復するよりも、どんどん重くなっていくことがほとんどな訳ですから、早めに『継続できる体制』を作らねばなりません。早め早めに次の準備をしていかねばなりません。『出口の見えない迷路』に迷い込まないために・・・・・・。(この頃母は要介護4、父は要支援2だったと思います(その後再認定の申請をしたら父も要介護4になりました))

○母ちゃんは偉い、要サポート
 二人の介護をしていて、ふと思った。(乳飲み子を持った母親、特に仕事のある兼業主婦というのは、ちょうどこんな感じなんだろうな)2時間おきにミルクを飲ませおむつを替え、昼間も世話を焼きながら仕事をして、食事の準備をして・・・・・。一時でも子守を代わってくれる人がいれば休めるけど、そうでないと、育児ノイローゼになるのが分かる気がします。母親というのはすごいもんだと改めて思いました。だから、自分でも何とかやらねば・・・・。そうやって自分を育ててくれた母だから、頑張らねば・・・とも。
 そして、「子育てをしている母親には休日を与える制度が必要である。」などと飛躍したことも考えました。たぶん、子供が幼稚園に入ったとき、母親は24時間の喧騒から開放され、正直『ほっとした』のではないでしょうか?

◯父のストレス、 寝たきりに近い母は、やはり我儘な事を言います。自分の身体が自分の思いどうりに動かせないのだから、苛立ちもあろう。しかたがない。しかし、家に居ても、施設に行っても、毎日24時間一緒にいる父は(お互いにではありますが)ストレスが溜まると思うのです。相互のストレスが溜まって精神衛生上まことによろしくありません。一層面倒になってしまいます。保険の適用上の問題もありますが、ケアマネさんにお願いして、さりげなく週一回父は日帰り、母は泊まりの日を作ってもらいました。

 「駆け引き」
○5月24日夜 母『難儀』
母が度々、「なんぎ、体さすってくれ 」
○5月25日「知り合いを呼んでくれ,お願い(手を合わす)」ご迷惑だろうが、知り合いの方にお願いして話し相手になってもらう。
 カレーは嫌だ、冷やし中華は嫌だ、白いご飯がいい。ゆで卵は嫌いだが茶碗蒸しと温泉卵は食べたがる.干物は嫌いだ、アンパンは嫌だ、まんじゅうが良い。
お団子もダメおまんじゅうが良い。餃子は食べるがシュウマイは残す。うどんは食べるが,ラーメンは嫌だ・・・
おかずが気に入らないとご飯とみそ汁と漬物だけで済ませ,私の愛情たっぷり(?)のおかずには一切箸をつけない.
可愛くない! その点父は気をつかって,少しばかり残りそうなおかずは,残らず食べてくれる.
おかずを残さず食べきるという私の性格は,どうも父譲りらしい。
 母、少し熱があるので鎮痛剤(解熱剤)を飲ませる.

○5月26日朝  (母は)ぐっすり寝ている.目覚めて排便  スッキリ  ただの便秘だった!
デイサービス予定どおり出掛けてもらう。

○5月27日 母が『わがままを言って申し訳ないが,今度のショートステイは日帰りに変更してくれ』という.やけに下手に出てくる.次の金曜日は、母一人がショートステイ(一泊)で、父はデイサービス(日帰り)の予定であった.
 母の言うことには,前回一晩中『家に帰りたい』と泣きつづけていた人がいて,一人の泊まりは心細いとのことである. 父は当時、要支援2なので、その他の保険の利用を考慮すると月に2回くらいしかショートステイが利用できない.
 せめて母だけでも毎週金曜日ショートステイに出かけてくれると、仕事がはかどったり,ゆっくり休めたりするので、できるだけ我慢して ショートステイを利用して欲しいのが本音である.
(お願いだから,我慢して泊まってください.仕事がはかどらない)心の中で手を合わせる.
母は・・・ベッドの上で手を合わせ『頼むすけ(お願いだから)』・・・。
この駆け引き、母の勝ちである.言葉にし、先に手を合わせた方が勝ちである.あっぱれ母上。 とりあえず今回だけということで、デイサービスに変更してもらう.(次は負けませんぞ!)

○5月29日
「おい!おい!」母が呼ぶので、夕飯の片付けを中断し、寝室に行ってみる.
母「パジャマの薄いのを出してくれ」
私「台所の片付けが終わるまで待ったしゃい(どうかお待ちください)」
母「病人は待たんねんだ(待てないのです)!」
タンスから何枚かづつパジャマを出して見せるが、
「それじゃない,これじゃない」・・・まったく可愛くない。

○5月30日31日 姉、助っ人に来てくれる.両親の世話を任せ、独り樽田のブナ林へ気分転換に出かける。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・
            (中略)
「進行」
◯母はその後リハビリ等によって要介護2まで回復致しましたが、父の運動能力はどんどん衰えて行きました。
ベッド脇のポータブルトイレに移乗するのも困難になり、自分でズボンを下ろすことも出来なくなっていきました。
 急に様子がおかしくなり、救急車で六日町の斉藤記念病院まで運んでもらったこともありましたが、処置のしようがないとのこと、「家で世話できなければ入院することもできますが、・・・どうしても寝たきりになるのや、認知症が早くなりますよ」とのこと、連れて帰りました。 
 ある日私が帰宅すると、「おい悪いけど、失敗してしまった。」自分でズボンを下ろせないし、母も手伝えないので、仕方ありません。汚物を始末し、ぬるま湯に浸したタオルで清拭します。子供の頃、母が弟たちのおむつを替えてやるのを見ていましたので、こちらはあまり苦になりませんが、下半身裸の父は「俺ももう長くないな」などと弱気のことを言ってはいつも母に叱られておりました。

◯年を越す頃には、父は寝返りも打てず、食事中座り直すことも困難になり、その度に介助が必要になっていました。  食事中は、高めの座椅子に座ってもらえば、座り直しが少なくなるだろうと、何度も座椅子を勧めたのですが嫌がります。ある時、食事の準備中にあまりにもしばしば座り直しを頼まれるので、つい私もイライラしてしまい、
「とにかく一度座椅子を使ってみらっしゃい」と言って、父を無理やり座椅子に座らせました。父は小さな声で「おっかね」と言いました。そう、自分の身体を支えることも出来なくなっていたのです。何だかものすごく申し訳なく、切ない気持ちになりました。泣きたいくらい申し訳なかったです。悪い倅でございます。すぐに元に戻しましたが、とても気まずい夕食でした。その夜、父からの呼び出し(寝返り、トイレ)の要求は半減致しました。その日の父の辛さを思うと、今思い出してもとても哀しいです。

       ・・・・・・・・・  

◯平成22年3月29日 父、肺炎で他界、享年90歳

       ・・・・・・・・・ 

 今は、要介護1まで回復した母(視力は両眼0.01ほとんど見えてない)と二人暮らしです。血圧が高めで、コレステロール値が高い母は、乳製品ダメ、卵製品もダメ、油を使う揚げ物や炒め物もダメ、おまけに、父が居なくなってから好き嫌いもはっきり言うようになって・・・毎日の献立を考えるのが大変です。・・・・子育てに奮闘するお母さんや、献立に悩む主婦の気持ちが少しは分かる男になりました。(ハハハハ・・・・)
 今でも時々、父とのいろんな哀しいことをふと思い出して、感情が昂ぶり、運転中などに「ンガァ~~ッ!!」と叫んでしまうことがあります。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 歳のせいか、何かをするときについ、
      掛け声が出てしまいます。 
        よっこらしょ
         どっこいしょ・・・・・

 今日も介護は続きます、
        よっこら介護、
         どっこいしょ・・・・・・・・

 

 あまり力み過ぎず、できるところは頑張って・・・
   手伝ってもらえるところは手伝ってもらって・・
      いっぱい感謝して・・・・
         できる範囲で明るく・・・・・・ 
  よっこらしょ
    どっこいしょ・・・・・・
  よっこら介護
    どっこいしょ・・・・・・ 

 (偉そうな事を言っては、もっと大変な介護(例えば認知症の方の介護)をしている諸先輩に申し訳ありませんが、これから介護を経験する人に私から・・・。)

※介護は、一人で頑張っても限度があります。
  とにかく早め早めに誰かに相談しませう!!
(誰か=役所の担当窓口や、介護経験のある知り合い等)
 頑張りすぎると『出口の見えない暗闇』に迷い込んでしまいます!!』

※現在母は要支援2まで回復し、施設に通っております。
  あの時姉は義母の介護で自分も大変だったはずなのですが、
 それでも私の為に度々助けに来てくれたのは、介護の大変さが
 わかっているが故の優しさだったのでしょう。我が姉ながら
 ほんとに感謝しています。
A2douso

・・・・・・・・・・・・・最後までお付き合い頂き有難うございました )・・・・・・・・・・・・

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熱中症?

2013年7月2日 作成

            アジサイの季節でございます
A0ajisai

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【熱中症?】
 これは一年前の出来事でございます。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2012年7月17日02:00 ふと気付くと夜中の2時でございます。
 22:00に音がしてから4時間も「音沙汰」がございません、
(おかしい!)急いで母の部屋に行ってみますと、
案の定、ベッドの脇に倒れております。
声を掛けるとかろうじて意識はあります。
「なんぎ(難儀・苦しい・つらい)」と言います。両手をグーパーしてもらうと
両手とも動きます。(脳梗塞ではないような・・)
つまづいたのでもなく、ぶつかったのでもないとの事。
ゆっくり手足を動かしてもらったりあちこち触ってみるが、
特別痛むところは無いようなので
骨折も無い様子。吐瀉物・出血も確認できない。
その場で血圧・脈拍・体温・SPO2を確認するが
体温を含め、いつもの値と大差がありません。
 ベッドに移動し、水分を与えると落ち着きましたので、
単なる夏バテかとも思い、そのままベッドに寝かせ、
夜が明けたら念のため病院に行くことにしました。
一応、ベッドの脇に付き添って朝を迎えました。
 08:00 体温を測ると37℃、いつもは35℃台ですので
大分高めです。もう一度測ると38℃!!暴走してます。
急いで119番通報、保険証を用意し、玄関と居間を片付け搬出の
通路を確保する・・・(後でメモをとる時に気付いたのですが
「冷やすのが先だろう!!!」動転していたとはいえ
まさに「致命的なミス」です。我ながら情けない ) )。

 08:10 救急隊員が来て体温を測ると、なんと39℃!
 08:15 早速地元の病院へ搬送。
      「肺炎・脳梗塞疑い」ということで入院。
 09:00 主治医のI先生より「熱中症」処置優先との事
  点滴を受けたらだいぶ楽になったらしく、喉の渇きを訴える。
  家に帰り保証人その他入院手続きの準備をする。
  この日の仕事の段取りを再構築、顧客に連絡する。
 12:00 改めてI先生より検査の結果を聞く。
  貧血。脱水。肝機能低下。脳萎縮。脳内出血の痕跡。
  尿が汚く炎症を起こしているとのこと。
  とりあえず入院手続きを済ませ、仕事に復帰し長岡へと向かう。
 14:09 長岡に着いて仕事にかかろうとすると病院より電話。
  頭部CTの結果、脳内出血の可能性大との事。
 14:29 再び病院より電話。出血の跡は古いものと思われ、
  本日発生したものではないであろうとの所見。
  「ご希望ならば念のため専門の病院を紹介します」とのこと
  そう言われたら、「ぜひお願いします」と言うしかない、
  山の向こうの脳神経外科のある病院へ転院決定。
   暫くして再び病院より電話「救急車で転送するが、
  親族の方に同乗して欲しい」とのこと。
  そんな事言われても、仕事にかかったばかりですし、
  すぐに引き返しても1時間半は掛かります。
  何度か遣り取りしましたが、同乗者がいないと搬送できないとの事。
  (同乗できる人がいない場合はどうなるんだろう?)
  やむを得ず近所の親戚の奥さんに同乗をお願いする。
 16:10 私が山の向こうの搬入先病院着、まだ検査中との事。
 16:50 担当医より説明を受ける。
  脳内に5mmほどの出血の跡があるが今回のものではない。
  尿が汚い。熱を下げる治療が先で、尿路感染症の可能性あり。
  尿がきれいになるまで一週間程度の入院を要する。
  姉弟に現状を連絡する。一旦家に帰り(付き添った親戚を送り届け)
  再び入院手続きの手配。

7月19日 前日のCTの結果異常なし。食欲もあり、大分元気になる。
      病室のお隣さんとも仲良くなれた様子。
      姉弟が順次見舞い・付き添いに来てくれる。 
7月24日 MRIの検査結果も良く、尿もだいぶ綺麗になってきたとのこと。
      右脳に脳梗塞の跡がある。  
      出血は増えていないが血管の一部が細いので、血圧が高くなら
      ないようにする。塩分を控える。明らかな肺炎はない・・・・・・・
      熱は下がった。 
7月26日 退院
              退院してきた母によれば,この時も
       倒れた時「今度こそ死ぬ」と思ったそうでございますが、
      ふっふっふっふっふ 
        そうはいきませんぞ、まだまだ長生きしてもらわねばなりませぬ。
      親父殿に会うのはもうしばらくお待ちくだされ。 )        

8月1日 20:00 血圧・体温・体重・SPO2等測定、トイレの後就寝。
    21:15 生存確認
    23:10 生存確認
8月2日 00:10 生存確認
    00:50 生存確認
    04:15 生存確認
    05:00 生存確認
    07:00 起床、血圧・体温・体重等測定 ・・・・・
        体重41kg前後の母が、
       一晩で700g~1000gくらい体重が軽くなるのでございます。
       その分,せっせと水分を補給させなければならないのでございます。 
    
    ・・・・いつもの夜が続くのでございます。
         母も大変だけど、私も眠い・・・・・。

   ま、元に戻れて  良かった  良かった 

            よっこら介護 どっこいしょ  
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A2tefu
   地味ですが、庭の生き物でございます。
   子供の頃、家に入ってきて、ガラス戸のところで外に向かって
   パタパタしているのは、ほとんどこの蝶でした。
   「ちょと暗い奴」というイメージです。

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 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【台所でお酒を・・・)】

A1edamame
       本日は、 定番の枝豆でございました。

           ご来訪有難うございました 

          ・・・・・・・・・・・・おしまい・・・・・・・・・・   

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逆流性食道炎

2011年10月22日 作成

A0karinn_2
          我が家の かりん でございます。
          そろそろいいかな、と思って2個ほど採ってみましたが、
          まだ未熟のようで、あまり香りがいたしません。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ 今回は「お山」の記事ではございません。
  カテゴリーをあまり増やすまいと思っておりましたが、
  ログブックですので、適当になんでも記録しておくことにしました。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2011年10月16日朝
  前日より、「のどが痛くて食物を飲み込みにくい」と言っていた母(85歳)が、
  朝食後 「なんぎ(しんどい、苦しい)から、病院に連れて行ってくれ」と言う。
  日曜日であるが、地元の病院に電話して9:00頃連れて行く。

  体温、脈拍、血圧、SPO2ともに正常範囲内、のども異常なし。

  「風邪」との診断で、風邪薬と喉のトローチをもらって帰る。

同日 14:20頃、
   トイレの入り口で母が佇んだまま動かないのに気付く。
   声を掛けるが、かすかに「なんぎ」と言って座り込む。

  一度立ち上がって便座の傍まで行くが、その場に座り込んで吐血。

  チョコレート色の血である。鮮血ではない。胃の辺りからの出血か?   

14:25   呼びかけても意識はないが、自力呼吸は確認できた。
14:26   右手で母を支え、左手で胸ポケットの携帯電話を取り出し、119番通報する。
   「火事ですか?救急ですか?」・・・・・・一瞬考えて「救急です」と答える。
   冷静でいようと思うのだが、額から汗が噴出すのを感じる。

       手首で脈を確認しようとするが、うまく脈をとれない。

   「あわてて当たり前・・・・」自分に言い聞かせる。

      トイレットペーパーで汗を拭き、母の胸元の血を拭き取る。
   嘔吐は、一回で止んだ。

14:35 救急車の音が聞こえてきたので、母を便座に寄りかからせ、  
   外に出て救急隊員を誘導しながら経緯を伝える。
  母は、呼びかけにいくらか反応するようになった。
14:42  隣町(市)の病院に搬入してもらうことになり、
  私は後から保険証をもって自分の車で搬送先の病院に向かう。
15:10  病院に着き、救急医の話を聞く。
  「上部消化器系からの出血と思われますが、現在出血は止まっているようです」  
  との説明。救急処置室の外で待つ。

  待つ間にも次々と救急車がやってくる。
  近くの部屋から「発作が始まりました、先生呼んで・・・」
  救急室に居た医師や看護士が大勢そちらの部屋に移動する。
   機材を積んだカートが運び込まれ、酸素ボンベのようなものが運ばれる。

     ピーーーーー(バイタルの警報音?)音が鳴り続ける。

  ここでは生死の境をさまよう患者と、それを救おうとする医療従事者の
  まさに「生き死にをかけた戦い」が繰り広げられているのを実感する。

16:50  ようやく一段落して、改めて医師の話を聞く。
  「出血は止まっているようですので、今日レントゲンとCTを撮っておいて、
  明日、内視鏡検査で出血部位を特定しましょう・・・・・・・」
  母は、とりあえず「生」の側に残れそうである。
  入院になるので、姉に電話をして付き添いの手伝いをお願いする。
  この日は病院に泊り込む。
10月17日 内視鏡検査の結果、軽度の逆流性食道炎と診断。
  傷口はすでに治癒しつつあるとのこと、当面の絶食と、
  一週間程度の入院となる。一安心ではあるが
  運動不足により、「寝たきり」になる心配もある。

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10月21日 退院
  母によれば、倒れる前に「これで死ぬ」と思ったそうで、
  吐血した前後のことはまったく覚えておらず、
  それでも、救急車の中で救急隊員に
  「もう死ぬんだからかまわないでくれ(ほっといてください)」と言ったそうです。

  倒れた時、私が側にいて気づいたのが不幸中の幸いで、

  なかなか目を離せない母であります。  

10月22日 六日間の入院でだいぶ歩行が怪しくなってしまったが
  食欲はあるようなので、少しづつ歩行練習をしてもらう。

  母上、これからはまたリハビリですぞ。がんばってくだされ。

ま、大事に至らず(?)
良かった、   良かった・・・・・・・・。

   よっこら介護、どっこいしょ・・・・・

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追記(10月24日)【駆け引き】

 入院前の母の家事分担(?)は、朝晩自分の部屋と隣の部屋の雨戸を引くことでした。

伝い歩きしながらも、何とかやってくれてました。(握力と引く力のトレーニングを兼ねる、目はほとんど見えないが、自分の家の中は位置関係を覚えている)退院直後を除き、またやってくれるようになったのですが、23日夕方私が廊下の雨戸を引いていると「私の分もやってくれ」という。

私が「自分の担当は自分でやらっしゃい(自分でやりなさい)やらねと出来なくなるぜ」(やらないとだんだんできなくなりますよ)というと

定位置に座ったまま、ニコッと笑って「今日は特別」といって手を合わせる。
つい、私がやってしまいました。
介護施設でいろんな高等テクニック(?)を身につけてくるようです。
 気をつけねば・・・・・・・・・

よっこら介護、どっこいしょ・・・・・・・・・

  ・・・・・・・・・・おしまい・・・・・・・・・

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