« 雪下ろし | トップページ | ペテン師 »

Mt.Mc

2009年 1月25日  

(23日 9:00 津南町役場 積雪 70cm)

今日(25日)の津南町は,朝から晴れています.

2asa























『うんとこさ,あっちのお山』(昔話)
しばらく山に行けない事情がありまして,コタツにあたりながら昔話でも・・・.

うんとこさ昔の、うんとこさあっちのお山のお話でございます.

とんと昔があったと・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1、目  的 おもしろい山登り
           (『とにかく、おもしろい山登りしようぜ』と誘われて、
             ついその気になってしまいました.計画書上は
         「ウエストバットレスからのMt.Mc南峰登頂」となってます)

2、目的の山 Mt.Mc
       (アラスカにある標高6000mちょっと(と言っても私の最高
        到達点)の山、現在の正式名称は Mt.DENALI)

3、登山期間 197X年,7月2日〜7月28日

4、メンバー H隊長(4年)、M副隊長(4年)、ナベ(2年)、モリ(2年),越後屋(私2年)、MOB(1年目のOB),(以上6名)

5,行動
(以下「 」内は当時の報告書からの引用、一部変更/補正あり。追加記入した部分は、かなり昔の記憶なので記憶違い等もあると思いますが、広〜い心でご容赦願います.又標高の単位がfeetとmが混在してますがそれもご容赦)

「6月30日 晴 羽田からアンカレッジ(YMCA泊)」
 飛行場からタクシーに乗る.信号機で車が止まる.交差点を右から左にセスナ機が横切っていく・・・・。道路と滑走路の交差点のようです.いきなり度肝を抜かれました.

「7月1日 快晴 日本領事館へ挨拶,食料・燃料等買出し。(郊外のキャンプ場泊)」
 ちなみに、私は食料を担当しており,日本から持ち出した食料は小豆の粉と寒天(水羊羹用)のみで、あとは現地調達(アンカレッジで購入)。輸送費通関は節約できるが,買出し・仕分け・梱包に1日を要しました。でも,結局その方が手っ取り早かったようです.
 スーパーマーケットで「ソーセージ」と読める代物を購入して山に持ち込みましたが.開けてみると中は生肉のミンチでした.「イミテーション」とはっきり書いてある粉末ジュースは本当に毒々しいほどの着色料の色でした.食品の表示だけでも日本とずいぶん違うのが多く,戸惑いました.ポリッシュライスとトップラーメン(サッポロ一番?)は沢山購入しました.1ポンドのチーズは重宝しました.「ガソリンスタンド」ではなく「ガススタンド」で、石油は「ケロシン」で・・・・・・。

「7月2日 快晴 アラスカ鉄道でタルキートナへ移動。セスナで2フライトでLP(ランディングポイント/セスナの着陸地点・ナショナルパーク境界ギリギリの氷河上。パーク内は原則・離着陸も荷物の投下(エアドロップ)もできない)入り。氷河本流出会いまで偵察。雪面がまだ固まっておらず、トレースを外すと相当上のクラストを踏み抜き,もぐり,滑りにくい(私達はスキーを使用)。」

1mackinliy25

(セスナも,橇をつけてます.モデルは ナベ(今は面影が残っていないのでそのまま掲載) 
 セスナってほんとにシンプルな構造なんですね、私は尻尾の中に乗っていましたが(当然定員オーバー)胴体や羽根はフレームの上に「皮」が張ってあるだけで,私の足の下には尾翼を制御するためのワイヤーと電線が何本か走っているだけ。フレームに布を張って,プロペラのついたエンジンをのせ、無線機をつけ・・・たぶんラジコンの飛行機とほとんど基本構造は変わらないのではないかと思いました。着陸は氷河の上流に向かって着陸し,帰りは下流に向かって飛び立ちます.Mt.ハンターがそびえ立ちます.そこには私たちのパーティーしかいなかったと思います.あとは,雪の上に置かれたMr.ハドソン(ブッシュパイロット・当時はドン・シャルダンというブッシュパイロットの方が有名でした,)の木箱に入ったトランシーバーとワイヤーアンテナだけ。セスナが飛び立ったあとは,壮大な静けさに包まれます.
 Mt.ハンターの(数千メートル?の)壁を落下する雪崩は雪煙を上げながらスローモーションのように落ちて行きます.山のスケールが違う.
 最初のうちはクレバスが怖いので,用を足すのにもザイルをつないで『猿回し』状態でした.ザイルにつながれたままテントから20mくらい離れて,トントントンと何回かジャンプすると膝くらいの深さの穴ができます.そこにしゃがんで用を足すわけです( 現在は所定の分解性(?)袋の中に用を足して回収、クレバスに投棄するようです.参考資料参照)。しばらくするとクレバスのできる場所とそうでない場所がある程度分かるようになりましたので,やがて四六時中アンザイレン(ザイルで互いをつなぎあう)ということはなくなりました.

(画像はクリックすると拡大されます,地図の上の方が北です.)

Mtmckabu

 

「7月3日 晴 3パーティーごとにアンザイレンし、一人平均10kgの荷上げをする(荷上げといっても最初は氷河の本流まで下りですが).本流出会いまでは(スキーの)シールを外していても別段問題ない傾斜である(重い荷物の時は、シールが下りの時のスピードの出過ぎを抑える.).・・・EFKG(East Fork Kahiltna Glacier(カヒルトナ氷河東俣?))の合流点の少し下が傾斜が少々強くなり中央部に縦クレバスが無数に走っている.右側から回りこみ、7350Feet地点にデポする。」

【サンクラスト】 日中は氷河の雪の表面が解け、夜間凍るので強力なサンクラスト(積雪の表面が凍った状態)ができます.私たちは、氷河上での荷上げにはスキーを使用しましたが,行動中にクラストが解けてゆるんでくると体重を移動してからクラストが割れ、とても歩きにくくなります(他のパーティーがほとんどいないので,ほぼ毎日自分たちでルートを見つけ、トレースをつけなければなりません.たぶん今では考えられない状況です)。そこで我がH隊長は考えました。「完全にクラストしている夜中か、完全にクラストの解けた日中に行動すればよい。」ということで,まず,夜中に起きてしっかりクラストした夜間に5〜6時間行動し,日の出とともに行動を止め、朝食を食べて寝てしまいます.(何しろ「白夜」の国ですから,この頃は夜中でもヘッドライトなしで十分行動できます.)次に、陽が上りクラストが完全に解けてから、また日中5〜6時間行動します,そして夕方のクラストが始まる前に行動を止め、夕食を食べて、また完全にクラストする夜中まで寝ます。そんなわけで,カヒルトナ氷河上では1日に2回寝て2回行動してました.

「7月4日 晴 LP(ランディングポイント)を00:00に出発する。今回の荷上量は30kg近くあるが、一気に昨日デポ(荷上げ集積)した地点に上げる.この地点はヒドンクレバス(割れ目の上に雪が積もり割れ目が隠れたクレバス)が無数にあることが分かる.氷河の流れはかなり速い事がわかる。天候はMt.クロッソンに雲がかかっており、悪天の予想がつく。」

【クレバス】結局クレバスは,その下の地形に影響されるもののようで、ほとんど地図どおりの場所に地図(注1)どおりの方向に割れていました.氷河の下の傾斜が急になる場所では,割れ目が開き、傾斜が緩くなる場所ではまた閉じる、というようなことを繰り替えしているようで、一度開いた割れ目が開いたそのまま下に流れていくのではないようです.またヒドンクレバス(割れ目の上部が新雪で隠れたクレバス)も、よく観察するとわずかに窪地になっていてある程度分かります.私たちはスキーを使用していましたので,幅50cmくらいまではあまり気にせずに渡れました(もちろん直角に横切った場合でありまして,隠れたクレバスの向きの判断を誤ると・・・・・・大変な事になります).また、クレバスがあると思われる地帯では常にアンザイレン(ザイルで繋がって)行動しました.実際,相方が転落した場合どの程度止められるのか保証はありませんが,「引っかかる可能性」は少しは増したと思います.一応、止める練習や、クレバスに落ちたとき這い上がる練習はしておきました。(ユマール(ザイルにつける登行機)なんか買えませんので,プルージック用の細引きをいつもポケットに入れてました)

2


(氷河上のどこか)

「7月5日 雪 LPを撤収してRC(リレーキャンプ・中継キャンプ)2345m地点までキャンプを上げる.天候は徐々に崩れてきて雲が厚く覆っている.カヒルトナ氷河出会いにいくとクレバスの状態が一変しているので、H隊長、M副隊長が先行して様子を見ながら皆を通す.」

【水作り】
今回の山行は最初から最後まで雪の上ですから、水はすべて雪を溶かして作ります.その分の燃料も馬鹿になりません.そこで,私たちはOBから教えてもらったとおり、アンカレッジで黒いビニール袋(ゴミ袋くらいの大きさ,たぶんゴミ袋・・)を購入して持ち込みました.天気のよい日の日中、黒いビニール袋に雪を入れ、テントの横に転がしておくのです.夕方になるとかなりの量の『水雪』ができています.晴れた日の氷河上の日差しはかなりのものです.カヒルトナ氷河上ではこの方法でかなり燃料が節約できたと思っています.とにかくたくさんの水を必要としますので・・・・,うっかり夕方回収しそこねると、夕暮れとともにただの氷になってしまいます.

【水分の補給】空気が乾燥しているので,大変喉が乾きます.寒くて白い息がハーハー出ているときは、たぶんヤカンが沸騰している時と同じくらいの水分が肺からどんどん奪われているものと思われます(全く私の個人的な認識ですが).目出帽や眉毛には氷が出来ます.汗をかく量は少なかったでしょうし,たぶん乾くのも早かったと思いますが,水分は口から(肺から)どんどん奪われます,肺の温度も下がり、乾燥し、水分の減った血液はどろどろになり・・・肺や心臓の負担がどんどん増します.休んでいる時にもどんどん水分が奪われるわけですから,夏の暑いときに負けず劣らず、寒い時にも水分が必要になるようです.喉の渇きを自覚しなくても,意識的に水分補給する必要があるようです.(ちなみに、冬の八ヶ岳で、2人でツエルトにくるまって一晩過ごしたとき,夜中にツエルトの内側についた霜をスプーンでコッフェルにかき集めていたら、朝までにコッフェルが霜でいっぱいになりました.安静時でもそんな調子ですから,ゼーゼー、ハーハー行動中はもっともっと沢山の水分が口(肺)から奪われているのだと思います.)。

「7月6日 雪 RC設営。H隊長・ナベでBC(ベースキャンプ。カヒルトナパス・2990m)までキャンプを上げる.残り4人でトリプルボッカ(三往復の荷揚げ)でRCを設営する.BC荷上げ隊は、昨日から降り続いている雪の為、BC予定地確認できず、荷をデポ(荷物だけを置いて)して戻る。」

「7月7日 雪 停滞」
停滞の日は,ポップコーンやホットケーキ・水羊羹を作ったりして暇つぶしをしました.

(つづく)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※参考資料 デナリ国立公園ホームページ 日本語の登山ガイドもPDFでアップされています.とても具体的で親切な案内書です.興味のある方は読んでみるだけでも楽しいと思います.
 また、年毎のサマリーを見ると,その年のルート別の入山者数や登頂率、事故や気象状況などを知ることができます.
 ちなみに、近年の入山者数は年間1200〜1300人くらいで、登頂率は50〜60%くらいのようです。

注、1 単位はfeetですが,5万分の一地形図は現在日本国内でも入手できるようです。(例えば マップハウス など)。水平距離の感覚は、日本で使っていた国土地理院の5万分の一地形図と同じですから、感覚が掴みやすかったです.

注、2 以上,私のうんと昔の個人的な体験・感想ですので,あまり現在の登山のための参考にはならないと思います.また、記憶違いや脳内改変(?)された部分もあるかもしれませんので、その旨ご承知ください.
  登山は,あくまでも各人の責任の下に行ってください.この一文を参考にして何かトラブルが起こっても当方は一切責任を負いません.念のため.

|

« 雪下ろし | トップページ | ペテン師 »

お山(昔話)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 雪下ろし | トップページ | ペテン師 »