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2009年1月

ペテン師

2009年1月28日(水)  

28日 午前9時 津南町役場    積雪 67cm

平成18年1月28日 午前9時 同所 積雪348cm

17日に屋根の雪下ろしをしてから、我が家の周辺では、ほとんど降雪がありません。
雨が降ったり,晴れだったりして,
ついに我が家の屋根の上の雪は無くなってしまいました,

私にとっては大変ありがたいことです.

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午後,所用で中野市に行ってきました,上の写真は、 快晴の高社山です。

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(昔のお話)

『ペテン師』(前記事 昔話、『Mt.Mc 』のつづき)

「197X年7月8日 雪〜曇り 停滞 雪は依然として止まず、新雪が1mほどとなる.」
【シール】私たちはスキーにシールを貼って使用していました.私は父所有のシール(アザラシ皮の本物のシール)を無断で拝借して使用しておりました,たしかにナイロンシールより毛足も長く性能はよかったのですが・・・・・。クラストしたときの雪面はガラスの粉を撒いたように鋭いです.一日行動すると皮を台布に縫い付けている糸があちこち切れてきます.しまいには皮がちぎれてとれていきます.毎日のように縫い直し(お裁縫)。最後には皮は半分位しか残っていませんでした.もう少し油を染み込ませ皮を柔らかくしていたらあそこまで酷くはならなかったと思います.日頃の道具のお手入れですね.

(画像はクリックすると拡大されます。上が北です)
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「7月9日 霧 丸3日間降り続いた雪はようやく止んだと思われたが、天候の回復はならず、視界はまったく効かない.先行したBC建設隊とRCで合流し、一気にBC入りできると思ったが、BC予定地確認できずBC手前と思われる場所に幕営する。」
 
【ホワイト・アウト】氷河上でもよく「ホワイトアウト」になりました.とにかくとんでもなく濃い霧です.トレースはもちろんのこと、少しはなれると先行者の姿すら分かりません.地図と観察(傾斜の変化等)だけが頼りです.他のパーティーもほとんどいない(私の記憶では、約一ヶ月弱のあいだ山の中で出会ったのはせいぜい4パーティー9人くらいだったと思います)ので自分たちでルートを探すしかありません.前の足をつくまでは平らなのか傾斜しているのか分からないような状況はしばしばです.10mも離れれば前の人が分からなくなるようなそんな濃い霧(ガス)がかかります.mistではなく間違いなく「FOG」です。また、氷河(クレバス)の状況もどんどん変わっていってるように思われました.コンパスはどうも使った記憶がありません.たぶん、北極圏/磁北に近いので使いずらかったのだと思います.


【標識旗】ホワイト・アウトの時は標識旗が頼りです。私たちの持参した赤布は薄暗いとき見難かったです.所々に残っている他の登山隊の残したピンクやオレンジの蛍光色の標識旗がガスの中では見易かったです.ただし、氷河の状況は常に変化しているので、それらの旗が残っている場所の周囲が安全であるという保証はありません.ルートも安全も毎日自分たちで確認です.

「7月10日 晴 朝起きてみると、昨日天幕を張った地点よりBCまで時間にしてわずか10分足らずであった.BC到着後デポ回収しBC入り完了となる.」 朝起きて外を見ると、ほんの数十メートル山側に高さ10mもあるような大きな雪のブロックが転がっていました.昨日今日落ちたものではなさそうですが,そんな大きなブロックが落ちてくるような場所に入り込んでいたのです.山際に近寄り過ぎてました.(地図上のB.C.手前の小さな×印の所)雪渓の上と同じで、ついつい「高い方へ高い方へ」と行ってしまいます.


【白夜】そう、白夜の国です、この時期真夜中でも「真っ暗」にはなりません。お天道様もお月様も、頭の上をぐるぐるっと回って、暫くの間だけ山の向こうに隠れて、真っ暗にならないうちに、また暫くで顔を出す。夕焼けがそのまま朝焼けになってしまいます。.最初の頃はそんな感じで、夜になっても真っ暗になりませんでした(だから夜中も行動できたわけですが).慣れるまでなかなか寝付けませんでした.アイマスクを持っていけばよかったと思います.それから,テントの色は黄色より青いテントの方が眠りやすかったです.黄色いテントは日が陰ってからでも内部がまぶしいです.

「7月11日 晴〜雪 晴れ渡った空を見上げC1(4360m)までの荷上げを開始する.BCよりすぐに急な斜面が続く。1ピッチのところでなだらかになり,スキーをデポする.傾斜は幾分急になり,高度をどんどん稼ぐ.ウインディコーナーまでは別段問題はない。ウインディコーナー左側の岸壁の裾を回り込むようにして進む.中央部は極端にへこみ,クレバスだらけである. C1予定地(4360m)には外国隊(あえて言うなら、我々の方が『外国人』だと思うのですが・・・・)の天幕が1張り設営してあり,その後方に6人用テントを設営し、荷物をデポしてBCに引き返す.」

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氷河上から本峰を見上げる.(たぶん右奥が頂上)
 BCまでの荷上げ中に私のスキーは折れてしまい、トタン板を巻いて修理して(?)使っていました.滑走面にはシールを貼るので,何とか使えました.BCから上部はスキーを使用するのは3人だけになり,私は他の人のスキーを借りて登行を続けました。
 
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氷河上のどこか(R.C.2からの9300feetピーク?)
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たぶんB.C.(カヒルトナパス手前、氷河下流を見下ろす.)

「7月12日 雪・風 怪しげな天気の中をC1(4360m)へ向かう.Mt.Mc頂上には笠雲がかかっており,天候は思わしくない.高度障害がではじめ、皆のペースは上がらない.」

【ウインディーコーナー】ウインディーコーナーはその名のとおりいつも風の強い所でした.ウインディーコーナーの手前で,一度岩陵に出ます.ずーっと雪の上(どこにクレバスがあるか分からない)所を長い間歩いて来た身にとって、風で雪が吹き飛ばされ、地べた(岩)が露出しているその場所はクレバスの可能性が無いので「ちょっとホッとする」場所でもありました.
【『雲◯Zeil』の誕生】
 その時私はMOBさんとザイルパーティーを組んでました.ウインディーコーナーに差し掛かるころにはお天気が地吹雪状態になると同時に、私のお腹の中にも嵐が迫りつつありました.しばし立ち止まり,『緊急腸内残存物排出行動』をとらせていただいたのですが,・・・・・その直後、強風によりZeilに不幸な出来事がおこりまして.それから先そのザイルは『雲◯Zeil』と命名され,私専用(もちろんパートナーがいますが)となりました.

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たぶん、カヒルトナ氷河上のどこか

「7月13日 曇り BCまでの逆ボッカ(下のキャンプまで荷物を取りに行ってくる)隊、H隊長・越後屋・モリとC2(5240m)荷上げ隊M副隊長・ナベ・MOBに分かれて行動する.荷上げ隊はウエストバットレスのコルを目指してラッセルする.コル直下の傾斜は45度近くあり、雪崩誘発の危険大。コルからのウエストバットレスは思ったより細い尾根であり,所々フィックス(固定ロープ)もある。左側をやや捲きぎみに登る.コルより1ピッチで17230Feetピーク手前のコルにつき、荷をデポしてC1に戻る。」

(画像はクリックすると拡大されます.上が北です)

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【c1(4360m)ベイスン】私たちはこの場所をC1としましたが,現在はこの場所に夏になるとレンジャー・ステーションが設けられ,トイレまで設置されているそうです.現在はウエストバットレス周辺ルート(ウエスタンリブ等)の場合この場所をBCとするのが一般的のようです.

「7月14日 快晴 停滞 晴れわたった空の色が美しいが、Mt.Mc頂上には雪煙があがっており風強し。休養停滞とする.」


【娯楽係】MOBさんはあくまでもオブザーバー的立場なので,役割担当なし。自称「娯楽係」日本の歌の入ったカセットテープを持参してくれました.小柳ルミ子さんやアグネスチャンさん、中条きよしさん・・いろんな曲の入ったテープでした.それまでは小柳ルミ子さんや中条きよしさんの曲にはあまり興味なかったのですが,繰り返し繰り返し聴くうちに何となく馴染んでしまいました.山行の後半になると、演歌っぽい曲をを聴くと何だか日本が懐かしくなってしまいました.
 日本に帰ってから気づいたのですが,実際の曲は、私たちが聴いていたのよりずっと早いテンポでした.そうです.電池の消耗により少しずつ少しずつモーターの回転数が遅くなっていたのです.そして私たちは少しずつ少しずつスローテンポ(しかも低音)に慣れさせられていたのです.

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C1からのMt.ハンター(かっこいい山です)

【ペテン師】娯楽係のMOBさんは、「みんなのタバコを管理してやる」と言ってみんなのタバコを集めました.一人1カートン(20箱)くらいづつ持ち込みましたから、皆の分を集めると結構な量になります.・・・ところがいつの間にか、MOBさんは自分で買ってきたのとは違うタバコを吸っています.「一服するか?」差し出されたタバコ・・・「それ私のじゃないですか?」・・・「お!そうか。わりいわりい。ま、細かいことは気にしないで・・・・」いつもの調子です.

(よくある,帰国後仲が悪くなったとか,そんなことはございません。念のため)

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『ペテン師』のMOBさん ね、・・・如何にも「それらしい」風体でしょう?
手にしているのは,間違いなく『誰か』のタバコです.
向こうのお山はデナリーズ・ワイフのMt.フォーレーカー、なんとエレガントなお山でしょう.


(続く)

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Mt.Mc

2009年 1月25日  

(23日 9:00 津南町役場 積雪 70cm)

今日(25日)の津南町は,朝から晴れています.

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『うんとこさ,あっちのお山』(昔話)
しばらく山に行けない事情がありまして,コタツにあたりながら昔話でも・・・.

うんとこさ昔の、うんとこさあっちのお山のお話でございます.

とんと昔があったと・・・・・・

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1、目  的 おもしろい山登り
           (『とにかく、おもしろい山登りしようぜ』と誘われて、
             ついその気になってしまいました.計画書上は
         「ウエストバットレスからのMt.Mc南峰登頂」となってます)

2、目的の山 Mt.Mc
       (アラスカにある標高6000mちょっと(と言っても私の最高
        到達点)の山、現在の正式名称は Mt.DENALI)

3、登山期間 197X年,7月2日〜7月28日

4、メンバー H隊長(4年)、M副隊長(4年)、ナベ(2年)、モリ(2年),越後屋(私2年)、MOB(1年目のOB),(以上6名)

5,行動
(以下「 」内は当時の報告書からの引用、一部変更/補正あり。追加記入した部分は、かなり昔の記憶なので記憶違い等もあると思いますが、広〜い心でご容赦願います.又標高の単位がfeetとmが混在してますがそれもご容赦)

「6月30日 晴 羽田からアンカレッジ(YMCA泊)」
 飛行場からタクシーに乗る.信号機で車が止まる.交差点を右から左にセスナ機が横切っていく・・・・。道路と滑走路の交差点のようです.いきなり度肝を抜かれました.

「7月1日 快晴 日本領事館へ挨拶,食料・燃料等買出し。(郊外のキャンプ場泊)」
 ちなみに、私は食料を担当しており,日本から持ち出した食料は小豆の粉と寒天(水羊羹用)のみで、あとは現地調達(アンカレッジで購入)。輸送費通関は節約できるが,買出し・仕分け・梱包に1日を要しました。でも,結局その方が手っ取り早かったようです.
 スーパーマーケットで「ソーセージ」と読める代物を購入して山に持ち込みましたが.開けてみると中は生肉のミンチでした.「イミテーション」とはっきり書いてある粉末ジュースは本当に毒々しいほどの着色料の色でした.食品の表示だけでも日本とずいぶん違うのが多く,戸惑いました.ポリッシュライスとトップラーメン(サッポロ一番?)は沢山購入しました.1ポンドのチーズは重宝しました.「ガソリンスタンド」ではなく「ガススタンド」で、石油は「ケロシン」で・・・・・・。

「7月2日 快晴 アラスカ鉄道でタルキートナへ移動。セスナで2フライトでLP(ランディングポイント/セスナの着陸地点・ナショナルパーク境界ギリギリの氷河上。パーク内は原則・離着陸も荷物の投下(エアドロップ)もできない)入り。氷河本流出会いまで偵察。雪面がまだ固まっておらず、トレースを外すと相当上のクラストを踏み抜き,もぐり,滑りにくい(私達はスキーを使用)。」

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(セスナも,橇をつけてます.モデルは ナベ(今は面影が残っていないのでそのまま掲載) 
 セスナってほんとにシンプルな構造なんですね、私は尻尾の中に乗っていましたが(当然定員オーバー)胴体や羽根はフレームの上に「皮」が張ってあるだけで,私の足の下には尾翼を制御するためのワイヤーと電線が何本か走っているだけ。フレームに布を張って,プロペラのついたエンジンをのせ、無線機をつけ・・・たぶんラジコンの飛行機とほとんど基本構造は変わらないのではないかと思いました。着陸は氷河の上流に向かって着陸し,帰りは下流に向かって飛び立ちます.Mt.ハンターがそびえ立ちます.そこには私たちのパーティーしかいなかったと思います.あとは,雪の上に置かれたMr.ハドソン(ブッシュパイロット・当時はドン・シャルダンというブッシュパイロットの方が有名でした,)の木箱に入ったトランシーバーとワイヤーアンテナだけ。セスナが飛び立ったあとは,壮大な静けさに包まれます.
 Mt.ハンターの(数千メートル?の)壁を落下する雪崩は雪煙を上げながらスローモーションのように落ちて行きます.山のスケールが違う.
 最初のうちはクレバスが怖いので,用を足すのにもザイルをつないで『猿回し』状態でした.ザイルにつながれたままテントから20mくらい離れて,トントントンと何回かジャンプすると膝くらいの深さの穴ができます.そこにしゃがんで用を足すわけです( 現在は所定の分解性(?)袋の中に用を足して回収、クレバスに投棄するようです.参考資料参照)。しばらくするとクレバスのできる場所とそうでない場所がある程度分かるようになりましたので,やがて四六時中アンザイレン(ザイルで互いをつなぎあう)ということはなくなりました.

(画像はクリックすると拡大されます,地図の上の方が北です.)

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「7月3日 晴 3パーティーごとにアンザイレンし、一人平均10kgの荷上げをする(荷上げといっても最初は氷河の本流まで下りですが).本流出会いまでは(スキーの)シールを外していても別段問題ない傾斜である(重い荷物の時は、シールが下りの時のスピードの出過ぎを抑える.).・・・EFKG(East Fork Kahiltna Glacier(カヒルトナ氷河東俣?))の合流点の少し下が傾斜が少々強くなり中央部に縦クレバスが無数に走っている.右側から回りこみ、7350Feet地点にデポする。」

【サンクラスト】 日中は氷河の雪の表面が解け、夜間凍るので強力なサンクラスト(積雪の表面が凍った状態)ができます.私たちは、氷河上での荷上げにはスキーを使用しましたが,行動中にクラストが解けてゆるんでくると体重を移動してからクラストが割れ、とても歩きにくくなります(他のパーティーがほとんどいないので,ほぼ毎日自分たちでルートを見つけ、トレースをつけなければなりません.たぶん今では考えられない状況です)。そこで我がH隊長は考えました。「完全にクラストしている夜中か、完全にクラストの解けた日中に行動すればよい。」ということで,まず,夜中に起きてしっかりクラストした夜間に5〜6時間行動し,日の出とともに行動を止め、朝食を食べて寝てしまいます.(何しろ「白夜」の国ですから,この頃は夜中でもヘッドライトなしで十分行動できます.)次に、陽が上りクラストが完全に解けてから、また日中5〜6時間行動します,そして夕方のクラストが始まる前に行動を止め、夕食を食べて、また完全にクラストする夜中まで寝ます。そんなわけで,カヒルトナ氷河上では1日に2回寝て2回行動してました.

「7月4日 晴 LP(ランディングポイント)を00:00に出発する。今回の荷上量は30kg近くあるが、一気に昨日デポ(荷上げ集積)した地点に上げる.この地点はヒドンクレバス(割れ目の上に雪が積もり割れ目が隠れたクレバス)が無数にあることが分かる.氷河の流れはかなり速い事がわかる。天候はMt.クロッソンに雲がかかっており、悪天の予想がつく。」

【クレバス】結局クレバスは,その下の地形に影響されるもののようで、ほとんど地図どおりの場所に地図(注1)どおりの方向に割れていました.氷河の下の傾斜が急になる場所では,割れ目が開き、傾斜が緩くなる場所ではまた閉じる、というようなことを繰り替えしているようで、一度開いた割れ目が開いたそのまま下に流れていくのではないようです.またヒドンクレバス(割れ目の上部が新雪で隠れたクレバス)も、よく観察するとわずかに窪地になっていてある程度分かります.私たちはスキーを使用していましたので,幅50cmくらいまではあまり気にせずに渡れました(もちろん直角に横切った場合でありまして,隠れたクレバスの向きの判断を誤ると・・・・・・大変な事になります).また、クレバスがあると思われる地帯では常にアンザイレン(ザイルで繋がって)行動しました.実際,相方が転落した場合どの程度止められるのか保証はありませんが,「引っかかる可能性」は少しは増したと思います.一応、止める練習や、クレバスに落ちたとき這い上がる練習はしておきました。(ユマール(ザイルにつける登行機)なんか買えませんので,プルージック用の細引きをいつもポケットに入れてました)

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(氷河上のどこか)

「7月5日 雪 LPを撤収してRC(リレーキャンプ・中継キャンプ)2345m地点までキャンプを上げる.天候は徐々に崩れてきて雲が厚く覆っている.カヒルトナ氷河出会いにいくとクレバスの状態が一変しているので、H隊長、M副隊長が先行して様子を見ながら皆を通す.」

【水作り】
今回の山行は最初から最後まで雪の上ですから、水はすべて雪を溶かして作ります.その分の燃料も馬鹿になりません.そこで,私たちはOBから教えてもらったとおり、アンカレッジで黒いビニール袋(ゴミ袋くらいの大きさ,たぶんゴミ袋・・)を購入して持ち込みました.天気のよい日の日中、黒いビニール袋に雪を入れ、テントの横に転がしておくのです.夕方になるとかなりの量の『水雪』ができています.晴れた日の氷河上の日差しはかなりのものです.カヒルトナ氷河上ではこの方法でかなり燃料が節約できたと思っています.とにかくたくさんの水を必要としますので・・・・,うっかり夕方回収しそこねると、夕暮れとともにただの氷になってしまいます.

【水分の補給】空気が乾燥しているので,大変喉が乾きます.寒くて白い息がハーハー出ているときは、たぶんヤカンが沸騰している時と同じくらいの水分が肺からどんどん奪われているものと思われます(全く私の個人的な認識ですが).目出帽や眉毛には氷が出来ます.汗をかく量は少なかったでしょうし,たぶん乾くのも早かったと思いますが,水分は口から(肺から)どんどん奪われます,肺の温度も下がり、乾燥し、水分の減った血液はどろどろになり・・・肺や心臓の負担がどんどん増します.休んでいる時にもどんどん水分が奪われるわけですから,夏の暑いときに負けず劣らず、寒い時にも水分が必要になるようです.喉の渇きを自覚しなくても,意識的に水分補給する必要があるようです.(ちなみに、冬の八ヶ岳で、2人でツエルトにくるまって一晩過ごしたとき,夜中にツエルトの内側についた霜をスプーンでコッフェルにかき集めていたら、朝までにコッフェルが霜でいっぱいになりました.安静時でもそんな調子ですから,ゼーゼー、ハーハー行動中はもっともっと沢山の水分が口(肺)から奪われているのだと思います.)。

「7月6日 雪 RC設営。H隊長・ナベでBC(ベースキャンプ。カヒルトナパス・2990m)までキャンプを上げる.残り4人でトリプルボッカ(三往復の荷揚げ)でRCを設営する.BC荷上げ隊は、昨日から降り続いている雪の為、BC予定地確認できず、荷をデポ(荷物だけを置いて)して戻る。」

「7月7日 雪 停滞」
停滞の日は,ポップコーンやホットケーキ・水羊羹を作ったりして暇つぶしをしました.

(つづく)

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※参考資料 デナリ国立公園ホームページ 日本語の登山ガイドもPDFでアップされています.とても具体的で親切な案内書です.興味のある方は読んでみるだけでも楽しいと思います.
 また、年毎のサマリーを見ると,その年のルート別の入山者数や登頂率、事故や気象状況などを知ることができます.
 ちなみに、近年の入山者数は年間1200〜1300人くらいで、登頂率は50〜60%くらいのようです。

注、1 単位はfeetですが,5万分の一地形図は現在日本国内でも入手できるようです。(例えば マップハウス など)。水平距離の感覚は、日本で使っていた国土地理院の5万分の一地形図と同じですから、感覚が掴みやすかったです.

注、2 以上,私のうんと昔の個人的な体験・感想ですので,あまり現在の登山のための参考にはならないと思います.また、記憶違いや脳内改変(?)された部分もあるかもしれませんので、その旨ご承知ください.
  登山は,あくまでも各人の責任の下に行ってください.この一文を参考にして何かトラブルが起こっても当方は一切責任を負いません.念のため.

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雪下ろし

2009年1月12日   

津南町役場前 午前9時積雪  64cm

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朝の日差しが家の奥まで差し込む。
今日はよい天気。

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庭先には,何者かの足跡が・・・(ねこ?)

夜遊びの跡でしょうか?

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津南町は、氷山も爽やかな朝です.

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街路灯(かりんの花をデザインしたもの)は
クラゲになってました.

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2009年 1月17日 (土) 

津南役場前 午前九時     積雪  114cm

いよいよ我が家も屋根の雪下ろしです.

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車庫も

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物置も、母屋も…・一気にやってしまいます.

(なぜ二階の窓に雪囲いがしてあるのか?
そこまで積もるからです.屋根から下ろした雪のやり場がなくなると、
軒(4mくらい)より高いところまで積み上げます.)

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物置の雪を下ろすのに1時間。
量は少ないが,かなり重い雪です.
母屋(一応電気ヒーターが入っている)の溶けムラ処理に1時間
下ろした雪の処理(通路の除雪)に1時間半
車庫の雪を下ろすのに1時間
下ろした雪の処理に30分・・・・(今回は少ないほうです)

8dump















下ろした雪はスノーダンプに積んで、
約30mの距離を裏の川まで運びます.
これは屋根から落とした雪なので,かなり圧縮されています.
この一塊で約40kgあります.
スノーダンプの重さ(10kg)と合わせると 50kgくらいになります.
これを数十回運ぶわけですから,どんなに寒い日でも
すぐに汗でびっしょりになってしまいます.
山登りより しんどい です。

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2日ほど軽い腰痛と筋肉痛でした.

今回は、ご褒美の マメ は一個だけでした.

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1、雪下ろしの道具(1号〜4号は私の勝手な命名です)

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○ダンプ1号は新雪の時使用します.大量の軽い雪を運ぶときに使用します.
 鉄製 重量は 15kg です.
○ダンプ2号重い雪のときに使用します.主にこれを使用します.
 鉄製 重量は 10kg です。

11dump2















○ダンプ3号・4号は屋根の雪下ろしのときに使います。
 当然軽い方がよいかというと,そうでもありません.
 アルミ(4号)では、固い雪に歯が立たないのです.

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重量は3号が7kg 4号が4kg です。

無理をすると、こんな風に裂けたり曲がったりします.

雪は 重くて固い のです。

だから

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地面付近の氷りを剥がそうとすると、鉄でも
こんな風になってしまいます.

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スコップも色々使い分けます.
樹脂性のものはほとんど子供用で,私にとっては実用になりません.
なにしろ  重くて固い雪 を相手にするのですから.

1号は、水路に雪がつまったときに使用します.柄を伸ばしました.
2号は、普段使用しているやつです.当然鉄製。
3号は、アルミ製 ほとんど使用する機会がありません.
4号は、山用に加工してみました.分解できます。

15sukoppu2

1号の使用例

2、命懸け
 (以下平成20年10月21日新潟日報より引用)
『昨冬,雪下ろし中の転落事故などにより十一道県で47人が亡くなり、その59.6%は65歳以上の高齢者だったことが,20日までに,国土交通省が初めて行った全国調査で分かった.本県の死者は八人で最多の北海道に次いで多かった。』
(引用終わり)
 そんなわけで、毎年何十人もの人が屋根の雪下ろし等の事故で亡くなっています.実際、屋根の上での作業は怖いです. 私自身、大分前になりますが物置の屋根から落ちまして,『
第3腰椎横突起骨折』というのを経験しました.あとわずかの違いで下半身付随くらいにはなっていたかもしれません. 落ちてきた雪に埋もれた場合は・・・・・窒息です!!! あるいはまた・・・ペシャンコです.    雪は重くて固いのです.

『落ちたら死ぬ』決してオーバーな表現ではないのです.


まだまだ冬は続きます。

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コロコロ

 コロコロ







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(さらに おまけ)
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葉っぱ











怪しい葉っぱではありません.
ペパーミントの乾燥した奴です.
夏の間、すこしづつむしっては乾燥し,むしっては乾燥し、
貯めておいたものです.
25パック198円の紅茶が、素敵なフレーバリーティーに変身です.
今年はもう少しハーブの種類を増やそうかと思います.

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松焼き

2009年 1月11日 (日)  

津南町役場前積雪量 54cm(1月9日午前9時)

結東        94cm(同上)

 昨日は隣組の新年会でしたが,夕方よりずんずん、ずんずん

雪が降り始め、翌朝がどうなるものかと心配で夜11時半には

帰宅.(もう充分飲ませていただきましたが・・・)

朝起きてみると新雪は20cmくらいのものでひと安心。

6時に起きたのですが,ベッドに戻って二度寝する。

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この薔薇
今年も雪の中で
咲きつづけます

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この花も
次から次へと
咲きつづけます

3gekkeijyu
















月桂樹
花は咲きませんが
一年中緑の葉を提供してくれます.
カレーライスの時はいつもこの葉を数枚
鍋にほおり込みます.

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さて、今日は集落の『松焼き』の日でした。
通常は,15日の小正月に行うものですが,
集落行事の都合で、少し早くなりました.

4natuyaki1

















5matuyaki2

























今年は
スルメを焼いている人はいませんでした.
松はあっけなく燃えてしまいました.

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朝、道つけ作業をしていると
お日様が差し始め
ご近所の自然落下式の屋根からゆるんだ雪が
時々 「ヅヅヅヅ・・・ドドドドド・・・」

と落下してました.

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冬の、休日の過ごし方優先順位は

1、屋根の雪下ろし,

2、軒下や家の周囲,通路の排雪作業。

3、・・・・・・・・・・

4、屋外での遊び

山の順位はかなり後の方になります、

いずれにしろ全ては 『雪次第』。

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明けまして

2009年 1月 7日 (水)  

ご来訪の皆様へ

遅ればせながら

明けまして おめでとうございます

新年もよろしくお願い申し上げます    越後屋 拝

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暮れに、可愛いお客様がありました.
子供たちは、雪やぶの中が大好きなようです.

3tourou
















(12月31日夜)我が家の大晦日恒例 雪灯篭

2008年もあと少し

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4jinnjya




















(元旦 0時)年が明けたら 神社にお参りです

帰ったらお茶を入れ(若水くみの真似事)

神棚にお参りします。

5yukinoasa















(元旦の朝)雪の朝

6yuki
















元旦からよく降ります。

ちなみに

平成18年1月7日の積雪(津南町役場前) 325cm
今年21年1月7日  (同上)       48cm

今年は今のところ小雪で助かります。
(5〜60センチの降雪が4〜5日続けば,たちまち『豪雪』になるので
油断はできません。これからが冬本番です。)

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木守柿
落ちて越後の
年が明け     (風和)
(最後の柿が落ちましたが,鮮やかなオレンジ色でした)

7kotosimo        




























今年もよろしくお願い申し上げます 

(笠とサングラスの件につきましては、ご理解のうえご容赦願います.)

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